RESEARCH

植物が多様な土壌環境で生きていける仕組みを知りたい。

植物は、土壌から無機体の栄養素を吸収して育つ生物(=独立栄養生物)です。植物は、根から必要な栄養素を必要な量だけ取り込みます。とても合理的です。この合理的な栄養取り込みが可能なのは、選択的に栄養素を取り込む機構、取り込む量を調節する機構、内外の栄養状態を感知してその情報を出力する機構など、驚くほど高度で複雑な機構がいろいろ備わっているからです。それらの機構は各栄養素ごとに備わっていると考えられています。もちろん、栄養吸収に限らず、体内におけるスムースな栄養輸送や、各器官への気の利いた分配、栄養の不足や過剰への対応など、植物は様々な能力を持っていますし、各々の能力には各々の機構があるはずです。これらの機構の存在を明らかにすることで、植物が多様な土壌環境に適応する仕組みを紐解きたいと考えています。

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RNAの制御を介した栄養応答 私たちは、RNAの配列を網羅的に調べる「RNA-Seq」技術を用いて、植物の新しい栄養応答機構の探索を試みてきました。これまでに、モデル植物であるシロイヌナズナにおいて、低栄養条件になるとRNAの構造が変化する遺伝子を600個以上見出しており(Nishida et al. 2017 Plant J)、植物の低栄養応答におけるRNAの構造変化の重要性を示唆しました。また別の解析により、低栄養条件に応答して発現が変化するlincRNA(large intergenic non-coding RNA、タンパク質をコードしない長いRNA)を多数同定し、これらの内の一つは、別のRNAに結合し発現を制御することで低窒素応答に関わることを明らかにしました(Fukuda et al. 2019 Plant Cell Physiol)。今後さらに遺伝子の機能解析を進めることで、植物の複雑な栄養応答機構の一端を明らかにしていきます。

極限土壌環境への適応 栄養素も多すぎれば毒になります。例えば、必須栄養素である亜鉛やニッケルが体内に過剰に蓄積すると、植物は枯れてしまいます。しかし、世界には過剰にこれらの金属を溜め込む植物(超集積性植物)が400種以上発見されています。私たちはこれまでに、ニッケル超集積性植物のゲノムにおいてニッケルトランスポーター遺伝子「IREG2」の重複とそれに伴う発現量の上昇が起きており、このことがニッケル超耐性に関与している可能性を示してきました(Nishida et al. 2020 Front Plant Sci)。このように、超集積性植物が超集積性植物となった原因をゲノムレベルで調べることで、植物が極限土壌環境へ適応する仕組みを明らかにしたいと考えています。

植物によるヨウ素還元 ヨウ素は植物の栄養素としては認められていません。しかし自然界においては、植物は土壌中に存在するヨウ素酸(IO3-)をわざわざヨウ化物(I-)に還元して吸収していることがわかっています。植物にとってヨウ素を吸収することには何か意味があるのかもしれません。一方、植物によるヨウ素還元は、地球上でのヨウ素循環に大きく貢献しており、使用済み核燃料から放出される放射性ヨウ素の環境動態を考える上でも重要となります。私たちは、植物のヨウ素還元と吸収の分子機構を明らかにし、植物におけるヨウ素の役割を考えるとともに、自然環境におけるヨウ素循環の一端を明らかにすることで環境科学にも貢献することを目指しています。

栄養ストレスの発症機序を明らかにしたい。

植物が多様な土壌環境に適応できると言っても、その能力には限界があり、栄養素が不足し過ぎたり、あるいは栄養素が過剰に蓄積すると、植物はストレス障害を発症します。実際、作物の栄養ストレス障害は古くから農家の人々を悩ませてきました。とりわけ、土壌の栄養状態が悪く肥料を十分に投入できない貧困国では深刻な問題です。私たちは、植物において栄養ストレスが発生する原因を分子レベルで明らかにし、作物のストレス耐性強化技術に繋げたいと考えています。

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重金属ストレス 重金属元素の一つであるニッケルは植物の必須栄養素ですが、その必要量は少なく、農業ではむしろ過剰害が問題となります。私たちはこれまでにニッケルの吸収を担う輸送体を発見し、この輸送体を介したニッケルの過剰吸収メカニズムを明らかにしてきました(Nishida et al. 2011 Plant Cell Physiol; Nishida et al. 2012 Plant Signal Behav)。最近では、順遺伝学的な解析からニッケルストレスに関わる新規遺伝子を同定し、さらに分析化学的な解析によりニッケルのセンサータンパク質候補の同定にも成功しています。これらの研究を通して、過剰金属ストレスの発生機序を明らかにしようとしています。

栄養欠乏ストレス 栄養不足になると、様々な生理学的反応あるいは生化学的反応が阻害され、作物の減収に繋がります。私たちはゲノミクスとバイオインフォマティクスを駆使し、栄養欠乏ストレスの発生機序を研究するとともに、植物の栄養欠乏耐性を強化する遺伝子資源の探索を行っています。

作物への応用を目指して。

基礎的な研究を通して得られた知見を作物に応用することで、農業における課題の解決に取り組んでいます。これまでに、イネの低リン耐性品種から低リン耐性に関わる遺伝子座を同定し(Nishida et al. 2018 Soil Sci Plant Nutr)、現在も育種マーカーとしての実用化を目指し研究を進めています。ストレス耐性を強化した品種や、高付加価値化した品種などを作出し、地元地域から日本、そして世界へと、幅広く農業に貢献したいと考えています。

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地元に貢献する。

佐賀県は日本有数の農業県であり、大豆(3位)やアスパラガス(3位)、玉ねぎ(2位)など、複数の農産物でその生産量が全国の上位にランクインしています(実は)。一方、佐賀県は日本最大の干潟を有する有明海に面しており、塩生植物のシチメンソウなど特殊な植生が分布する土地でもあります。私たちが持っている知恵と技術で、地元の農業や産業、環境保全に貢献したいと考えています。また、佐賀大学は環境制御システムを完備した植物工場を有しており、今後は植物工場生産における新しい栽培技術や有用品種を開発し、これらを地元佐賀から発信していきたいと考えています。